名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)680号 判決 1984年3月29日
控訴人 株式会社中京相互銀行
右代表者代表取締役 中野仁
右訴訟代理人弁護士 鈴木匡
大場民男
山本一道
鈴木順二
伊藤好之
鈴木和明
右鈴木匡訴訟復代理人弁護士 吉田徹
被控訴人 薮田三郎
右訴訟代理人弁護士 村上文男
鈴木健治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 被控訴人が、請求原因1記載の内容を備えた控訴人と山田との間の金銭消費貸借契約証書(甲第一号証、以下「本件証書」という。)に、連帯保証人として署名捺印したことは、当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし三、乙第一号証、原本の存在に争いがなく、そして、被控訴人名下の印影が被控訴人の印章によるものであることは被控訴人の認めるところであり、特段の反証がないから、右の印影は被控訴人の意思に基づいて押捺されたものと推認され、したがつて、被控訴人関係部分は真正に作成されたと認め、その余の部分も方式・趣旨に照らして真正に作成されたと認める甲第五号証の一、二、当審証人吉田宰の証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、昭和五五年一月三〇日ころ訴外神野英彦方において、同人の依頼に基づいて前示のように本件証書の連帯保証人欄に署名捺印をしたこと、しかし、帰宅してから考え直して飜意し、右のように連帯保証人になることは取り止めることに決め、同年二月一日ころ神野に連絡したうえ、遅くとも同年二月五日に控訴人の本店貸付係に架電し、係行員丹羽健一にその旨の意思表示をしたこと、その後ほどなく、控訴人から、連帯保証人として証書の差入れを受けたことにつき「相違ない旨を確認」するための、至急返信を求める同年二月六日付書面の送付を受けたが、被控訴人としては、もはや連帯保証人ではないと考えていたことからこれには応じないでいたこと、他方、控訴人からも被控訴人に対してあらためて真意を確認するための方策もとられず、その後一年ほどは何の連絡もなかつたこと、が認められる。原審証人丹羽健一の供述中、右認定に抵触する部分は上掲証拠及び弁論の全趣旨に照らしてにわかに採用できない。
三 控訴人は、被控訴人が本件証書に署名捺印したのは昭和五五年二月五日ないし六日であると主張し、そして、当審証人伊藤明彦は、右主張に添つて、①山田に対する貸付は愛知県信用保証協会(以下「保証協会」という。)の融資依頼に基づくものであるから、通常の過程に従えば、昭和五四年二月四日に信用保証書(甲第六号証)が控訴人の許に届けられてからはじめて控訴人から山田に用紙が交付され、しかるのち、山田から同人及び連帯保証人らの署名捺印を得た本件証書が控訴人に届けられたはずである旨、さらに、②控訴人が顧客から収入印紙を貼付すべき証書等の差入れを求める場合には、予め用紙に印紙を貼つて顧客に交付し、右交付の際に、営業部貸付係において「印紙切手等受払帳」(甲第七号証)の払出欄に使用した印紙数を記載する定めになつているところ、本件に関しては、右受払帳の昭和五五年二月五日欄に、山田に金額一〇〇〇円の印紙を払い出した旨記載されていることからすれば、この日に本件証書用紙が同人に交付されたものとみなされる旨、を供述している。しかしながら、
1 前示甲第五号証の一、二の記載から推せば、被控訴人が保証協会に対する保証委託申込書の連帯保証人欄に署名あるいは記名捺印したのは昭和五五年二月二日以前のことと認めるほかなく、また、信用保証書(甲第六号証)における「保証年月日」欄の「昭和55・2・4」なる記載は、同書面のその余の部分及び信用保証委託契約書(甲第一〇号証)の記載を併せ考えれば、必ずしも同書面が控訴人の許に届いた年月日を意味するものとは認め難い。
2 前示伊藤証人は、一方において、金銭消費貸借契約証書と信用保証委託申込書、信用保証委託契約書等は、ほぼ同時に作成進行するのが一般的であるとも述べており、しかも、原審証人丹羽健一は、昭和五五年二月六日の四、五日前に本件証書の用紙を山田に渡しておき、右二月六日に山田方において、既に連帯保証人である被控訴人及び訴外市川唯之の各署名捺印を備えたものに山田自身の署名捺印を得て、本件証書を完成させたうえ、山田から右証書と関係者三名の印鑑証明書(甲第三号証の一ないし三)の交付を受けた旨証言している。
3 前示伊藤証人は、印紙を貼つた用紙を顧客に渡す都度、受払帳の払出欄に貼付した印紙の枚数を記入するのは、顧客からその場で印紙代を徴収するのではなく、後日右用紙による契約書等が差入れられて、控訴人において融資を実行する場合に、貸付金から印紙代を差引いて計算するためであると述べているが、右受払帳(甲第七号証)を検すれば、受払帳には払出欄のほかに「受入」及び「手許有高」の欄も設けられており、そして、昭和五五年二月五日「山田好子」の欄には、払出欄に「1」、手許有高欄に「10」とそれぞれ記入されていることが認められるのであつて、このような記載内容からすれば、受払帳は顧客が既に自己の負担で購入し、その保管を控訴人に託している印紙について、その出納の状態を示しているとみるのが自然であり、したがつて、伊藤証人の叙上の供述は、記帳の実情を正しく伝えているものとは解し難い。加えて、印紙の貼付を要する書類は、その差入れに応じて控訴人において常に貸付をなすべき関係にあると限らぬことは当然と思料されるところ、果して、本件においては、金額二〇〇〇円の印紙が貼付されている控訴人・山田間の昭和五五年二月六日付相互銀行取引約定書(甲第四号証)については、控訴人から前示甲第七号証に見合う印紙受払帳の提出がなされておらず、この事実もまた、伊藤証人の述べるところが必ずしも理に適つたものではないことを示しているといいうる。
4 当審証人鳥海和弘の証言によつて控訴人の本店営業部において郵便物発信の際に封入物件及び郵便料金を控える記録簿と認められる甲第八号証に徴すると、控訴人は昭和五五年二月七日被控訴人及び市川唯之に対して「喪失届」なる文書を発送した旨の記載があるところ、鳥海証人は右記載文書に該当するのは被控訴人及び市川にあてた、連帯保証人になつたことについての確認書(乙第一号証、甲第九号証)であつて、「確認書」と書くべきところを「喪失届」と誤記したものであると述べている。そうであるとすれば、控訴人は、金融機関として、発信、延いて受信等の事務に関して杜撰な点のあつたことを窺わしめるといわざるをえない。
右1ないし4に掲げた諸事実に鑑みれば、前記控訴人の主張に添う当審証人伊藤明彦の供述はたやすく採ることができない。
四 そうすると、控訴人の主張自体から明らかなように、控訴人と山田との間の本件金銭消費貸借契約は昭和五五年二月六日に効力を生ずるものであつたから、被控訴人はその効力発生前に控訴人に対し、連帯保証の意思表示を撤回する旨の意思表示をしたことになり、これによつて、右契約についての連帯保証人としての責を免れたものと認められる。
五 以上の次第で、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却
(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 名越昭彦 木原幹郎)